【太田コラム】『何事にも諦めない心』

  • 2008/08/27(水) 13:42:15

旬なので、私が経験した五輪の話しをしたいと思います。

今から12年も前の話しで恐縮ですが、その当時私は、母校である、茨城県私立霞ヶ浦高校に保健体育の教師として、勤務しておりました。もちろん教師だけではなく、レスリング部のコーチ兼選手として、指導する傍ら現役選手として、活動いたしておりました。母校のレスリング部は、非常に強く、今年も団体戦で、全国優勝するなど、全国屈指の強豪高です。

私がコーチとして勤めていた時もインターハイ団体戦で連覇中でした。私は、大学卒業後→大学助手→教員といった経緯で、高校教諭になりました。大学助手の頃の競技実績は、全日本3位が、最高の成績で、教員になった当時も、なかなか全日本で勝てなかったため、現役選手として出る試合は、国体だけにして、一線から退いてもいいかなと考えるようになりました。しかし、そんな気持ちから、もう一度『強くなりたい』と言う、気持ちにさせてくれたのが、生徒達がひたむきに強くなろうとしている姿でした。霞ヶ浦高校のレスリング部の練習は、名実ともに日本一で、毎日の練習が合宿のようで、正に朝〜晩まで練習に明け暮れる毎日を送っていました(もちろん高校生ですから、授業もしっかりと受けて、練習は基本朝夕ですが、多い時は三回練習もありました)。

また、自分自身が、生徒の手前情けない試合や練習をしていたら、示しも付かないですし、強く言う事もできなくなるという、プレッシャーもありました。そんな気持ちになり、精神的に成長したおかげで、教員一年目で、全日本初優勝し、広島で開催されたアジア大会でも銀メダルを獲得。世界選手権でも6位に入賞するなど、かつてない成績を修める事が出来ました。しかし、実力は世界でも戦えるだけになったものの、世界の超一流選手には、心のどこかで、『接戦して負けてもいいかな』っと思っていました。その典型的な例が、アトランタ五輪一年前に開催された、ワールドカップでした。この大会は、アメリカ・ロシア・イラン・トルコ・カナダ・日本の6チームによる団体戦のリーグ戦であり、各国の選手と戦い、結果は5試合全て3点差で敗れてしまいました。帰国後この事で、非常に悩みました。『自分の実力はこれくらいで、これ以上はいくら努力しても無理なんだ』と半ば諦めかけていました。

そんな時に、高校生の茨城県の国体予選(この大会は、大学でレスリングを続けない生徒にとっては、高校生最後の試合になる大会です。優勝すれば、もちろん国体に出場できるのですが)があり、コーチという立場ですから、そこにセコンドとして、生徒のサポートをしていました。そして、58KG級の準決勝、対戦相手は全国選抜王者でありました。試合は全くの互角の戦いで、延長戦に入り、タックルを仕掛けますが、かわされて敗れてしまいました。この試合を見て、高校と世界とレベルの差は、あっても、その試合にかける意気込みや強い気持ちがあれば、過去の実績に関係なく、いい試合ができるんだと、生徒から学びました。

そして、迎えた五輪では、とにかく最後まで諦めないレスリングと過去の実績など関係なく戦う事に徹し、何とか銅メダルを獲得する事ができました。 本当に生徒からさまざまな事を学んだおかげで、メダルを獲得するまでになりました。

また、高校の恩師や、大学の恩師、全日本チームの指導者の方々には深く感謝しています。また、職場の理解がなければ、合宿や遠征にも行けなかったですし、本当にいろいろな方に感謝しています。そして最後に、両親には、深く御礼を言いたいと思います(中々面とむかって言えないので)。

こういった経験を踏まえた上で、子供達に、伝えたい事は、
ただ一つ『何事にも諦めない心』です

以上長話失礼いたしました

スタッフ自己紹介?

  • 2008/08/24(日) 22:40:33

お久しぶりです(^o^)わくわくレスリングスタッフ
飯嶋勇雄(イサオ)です
5月10日以来欠席して申し訳ありません。


先日の8月20日、長かった教員採用試験との戦いが終わりました
今年は波乱万丈で思い通りいかなかったこともあり、
かなり焦りましたが、あとは10月上旬の発表を待つのみです
これからは今まで出れなかった分、たくさん参加します
とりあえず復帰戦の高山の合宿ではどんどん盛り上げていきたいと思います

ここで改めて自己紹介をさせていただきます☆
<名前&出身>
飯嶋 勇雄(イイジマイサオ)です
家族は警察官の父と保育士であった母、公務員で2つ上の兄、
大学2年生の弟の5人家族です
家は神奈川県伊勢原市にあります

<所属>
所属は早稲田大学大学院教育学研究科学校教育専攻修士2年で
来年、卒業するために今は修士論文に追われている日々を送って
います

<スタッフ歴>
初めてわくわくレスリングクラブに参加させていただいたのは
昨年の5月です☆まいさんの紹介で参加したんですが、子どもが
大好きなので参加する度、癒されています

<スポーツ歴>
生まれた時から手足が大きく、2歳で2つ上の兄の身長を抜かして
からもどんどん伸び、小学1年生で136センチ
小学6年生で170センチありましたが・・・・・・・・
中学校では7センチしか伸びず、目標の180センチにも届きませんでした
そんな大きい体を利用して小さい頃から野球を父から叩き込まれました
毎日キャッチボールと素振りを小学校6年間毎日繰り返しました
正直嫌だった思い出しかありません(笑)
中学は野球部キャプテンだったのですが、目指していたエースは
コントロールがなく、クビを宣告され、散々な結果でした
高校も野球部に入ったのですが、高校1年の秋に腰痛になり、進学の
悩みもあり、退部
人生で後悔があると言えばここで野球を辞めたことが一番の心残りで、
未だ高校野球を見るとテレビの前で泣いていることがあります。
大学では野球サークルに入り、4年間エースとして活躍しました
現在も2つの草野球チームに所属し、エースで4番をしています
今が一番輝いているかもしれません

<夢>
最後に教師という自分の夢について書かせていただきたいと思います
そもそも私が教師になりたいと思ったきっかけは
小学6年生の時の担任の先生への憧れでした
その先生が熱い心を持った方でクラスで起きたいじめ事件に対して
自らのいじめられた経験を涙ながらに語ってくれたこともありますし、
運動会では生徒よりも前に出て応援旗を振っていたりと
今でも私の心に残っています
そんな先生が好きで、自分もプロ野球選手になれなかったら
教師になろうかなと思うようになりました☆
そして、金八先生やGTOの影響などもあり、教師への気持ちが
大きくなり、大学受験で奇跡的に早稲田大学の教育学部に受かり、
教師になろうと大きく決意しました
それからの6年間は教師になるためだけにあったように思います☆
塾の講師を6年間したり、大学3年からは東京や神奈川の中学校で
学生ボランティアとして別室登校の生徒と勉強したり、遊んだり・・・
その経験の中で「子どもたちが大好きだ〜
と、強く思うようになり、今教師になれることを目の前にして
気持ちが高ぶっています
そして自分のためだけではなく、2年前に亡くなった、教師になることを
最も応援してくれていた祖母にも自分が教師として働いている姿を
早く見せたいです
また今まで苦労をかけてきた彼女のためにも早く教師になりたい
そう思っています。

長々と書いてしまい、すみませんm(__)m
以上で自己紹介を終わります☆

合宿、盛り上げていきましょう




高山オリンピック前最後の練習☆

  • 2008/08/23(土) 23:38:13

みなさん、お久しぶりです
法学部三年の村上達紀であります

今日の練習は、私がこの教室におじゃましてから約3ヶ月目にあたったのですが
いやーちょっとの間にみんな成長しましたね〜
最初の方に比べるとホーントにタックルが鋭くなりました!!!
「たっくる」から「tackle」へ、って感じですね〜




この日は、高山オリンピックへ向けて、太田コーチから新技の伝授も行われていました
さてさて、効果の方はいかがだったんでしょうか




「成長」というと、一番感慨深かったのがIくんですねー
私が教室にはじめて来たとき彼に付いて指導したのですが、友達に足を踏まれたりしようもの
なら、泣いて怒ってしまってなかなかマットに戻ってきてくれませんでした
でもこの日は、キャットバンドやらで少々痛い目にあっても、すぐに回復して練習に戻って
来てくれました

こーいうのを見ていると「自分も停滞していられないな」と気持ちが入り直すからいいですね
ではまた練習でお会いしましょう!!!



実はこの日記を9月27日に書いています。
高山合宿行けなくてすみませんでした〜
す〜ごくお手伝いしたかったんですけど(&飛騨牛も食べたかったんですけど

あ、それでこれから何の話をするかというと・・・
何と!!8月23日の練習日記の更新です(笑)!!!

わかります、遅いです、お怒りはごもっともです
言い訳させてくださいこんなに遅くなったのには原因があります
?俺は超人的なスケジュールをこなせる!と勘違いした私は、インターン、バイト、就職活動、
ゼミ、サークル(法律討論)と予定をめいっぱい詰め込みました。結果、都心から遠い自分の
家に帰る暇がなく、早稲田の友達の家に泊まり続けるという事態に・・・。そして、その家には
マトモなネット環境がない・・・。
?でもでも、日記更新しなきゃいけない!と思って、暇を見つけては投稿したのですが、
スーパーゴールデンメカオンチの私は、ブログの写真の貼り方が全くわからず、
まいコーチにで教えてもらってもイマイチわからず、パソコンオタクの友達に聞いて
ようやく目途がつきそう!てわけなのです。
・・・何か自分のことばっか書いて申し訳ないです
今日はまた行けないので10月4日に〜

【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/23(土) 10:48:35

五輪裏話

今回の北京五輪には、湯元両親と湯元選手の小学生〜高校まで指導していた人と総勢八人のツアーで観戦しました。

父親は絵に書いたような頑固親父(鹿児島出身)で、小学生までは、超スパルタでレスリングを指導していた事もあり、湯元選手にとっては、非常に恐い存在みたいです。

そんな親父さんですから、試合内容が悪いと『気にくわん』と仕切りに言っておりました特に準決勝では、勝てた内容だけに、『気にくわない』を連発し、揚げ句には『健一の試合見てたらストレスたまるわー』と言って、一同大笑いしました

そして仕切りに言っていたのは、試合前の『顔が悪い』と言い、お父さんは顔で勝ち負けがわかるみたいです。長年湯元選手の試合を見てるだけあります。そんな顔で準決勝前はしていたので、3位決定戦前に、顔を近くで見に行き、和歌山の指導者と声をかけに行ったところ非常に、良い目をしていたので、安心して客席に戻り、お父さんに話したら、『健一は、一日に二度ミスしたことない』と言っておりました

さすがお父さんだなと関心しながら、試合が始まり、きっちり銅メダルを獲得し、お父さんあっての湯元選手だなとつくづく感じました。



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/22(金) 08:38:03

今日は、湯元健一選手との間柄についてお話します

今から約10年前、私は、和歌山県教育庁に勤めながら、国体選手として、競技に携わっていました。業務は主に、体育協会関係の事務仕事をやっており、9時〜16時まで勤務し、以降は自分の練習時間に充てていました。レスリングと言う競技は、ランニングや体力トレーニングが非常に大切なので、仕事行く前にも、朝練習6時〜約1時間程度やっておりました。その練習には、和歌山県教育庁に勤めるレスリング選手8名と和歌山工業高校レスリング部の生徒数名が参加し、そこに湯元選手も参加しておりました。

報道でもあったと思いますが、彼は双子の兄弟で、弟もレスリングをしていて、全日本王者です。銀メダルを獲得した松永選手に予選では、後一歩で敗れてしまいました。湯元選手の父は、紀北工業高校というところで、レスリングをしており、インターハイ選手で、近畿大会も優勝するなど、強豪選手でしたが、大学には進学せず、家庭の事情で就職することになったと聞いております。そんな父親ですから、子供ができたら、レスリングをやらせようと思っていて、小学4年生からレスリング教室に通うことになり、大会にも出場するものの、女の子に負けたりして、あまりにもふがいない戦いを見て、家の6畳部屋にマットを敷いて、家でもレスリングをすることとなりました。徐々に実力をつけていき、小学6年では、二人共、全国上位に食い込むほどの選手となりました。しかし、その頃から、弟の進一の身体に異常が見られ、挙句には血尿が出るようになり、医者に見せにいったところ、極度の疲労からくるもので、医者に「家で何か激しい運動をしていますか?」と聞かれ、父は答えようがなく、それからは、家での練習はやめて、指導者に任せるようになったとお父さんは言っておりました。

湯元選手は、教え子と言うより、一緒にレスリングをしていた仲間みたいな感じで接しており、年齢は約1回りは慣れていますが、年の離れた弟みたいな感じでした。また、東京での合宿などにも連れていったり、和歌山での一緒にした合宿や、レスリング教室などのことを昨日のように思い出します。

以上です。次回は、五輪裏話を掲載します。



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/21(木) 10:11:20

皆さんおはようございます。
昨夜北京から帰ってまいりました
かなりハードな3日間でしたが
二人のメダル獲得シーンを見ることが出来てとても幸せな気分です
報道等で皆さん結果やメダルまでの道のり等わかっている方も多いと思いますが、私なり
にライブで見て感じたことを、観戦日記として、綴りたいと思います。

今回男子レスリングは、メダル獲得は難しいという状況でした。
というのもアテネ大会以後の三年間の世界選手権での成績は、銀一人、銅一人という状況で、また、五輪出場権を獲得したのは、14階級中(フリー・グレコあわせて7階級ずつです)6階級しか出場出来なかったという現状等を考えると、当初の予想では、メダル0という事も考えられました。そして、北京五輪が開幕し、グレコローマンスタイルの3選手が登場しました。60KG級の期待の笹本選手は二回戦敗退、84KG級松本選手、96KG級加藤選手共に一回戦敗退という、結果に終わりさらに厳しい状況となりました。しかし、次の日から女子が始まり、全階級金メダルを狙いました。48KG級伊調選手銀メダル、55KG級吉田選手・63KG級伊調選手の二連覇72KG級浜口選手の銅メダルと全員がメダル獲得をしました。
この結果の影響により、男子選手の気持ちに火を点けたことと思います。
そして、一昨日の試合です。二人共一回戦は、緊張のためか、本来の動きが出来ずに、苦戦しましたが、2ラウンド目に背中をマットに付けてフォール勝ちをおさめました二回戦では、松永選手は、固さも取れ、安定した試合運びで勝利しました。湯元選手の二回戦は、強豪のインド選手です。これに勝利すれば、五位以上が確定する大事な試合でした。この選手の特徴は、非常に身体が柔らかいのと、試合の駆け引きが上手い選手です。(例えば、ばてたふりして攻撃するなど)試合では、後半縺れた展開になりましたが、接戦の末に見事勝利しました。そして、松永選手の最大の山場の三回戦です相手は、ウズベキスタンの選手で、二回世界王者に輝き、優勝候補NO1でありました。試合は、一進一退の攻防が続きましたが、判定で勝利しました。そして、準決勝対戦相手は、昨年の世界王者ロシア選手ですしかし、先程の試合で波に乗り、フォール勝ちし、銀メダル以上を確定しました湯元選手の準決勝の相手は、ウクライナ選手で、これに勝てば、銀メダル以上確定でしたが、先程の試合の疲れが多少影響したのか、動きに精彩を欠き判定で敗れてしまいました本来の力を出せば、勝てた相手だけに非常に悔やまれる試合でした。
しかし、準決勝に日本人選手が、ほぼ同時に二つのマットで試合を開始して、五輪という大舞台で戦う姿は、観客席で見ていて、涙が出てきました日本男子レスリングは、女子に比べ認知度も低く、厳しい戦いが続いていましたし、華やかな女子の成績に比べ、肩身の狭い思いをしてきた事だと思います。それで、今回の成績では、レスリングをする者にとって勇気と誇りを持てる戦いぶりでした

話を元に戻します
そして、迎えた松永選手の決勝戦(試合進行は階級のしたから3位決定戦2試合と決勝戦、表彰式の順番でします)対戦相手は若手アメリカ選手です。試合開始早々松永選手のタックルが決まりワンポイント先取しましたが、その後タックルに入られて返し技のレッグホールド(取られた足を軸にして、両手で股の間に入れて返す技)を試みましたが、逆に体制を崩されて2ポイントを奪われた後バックを取り同点とし2分が終了しました。このピリオドを先取されました(この場合、2対2の同点でしたが松永選手の2点は1ポイント、1ポイントでトータル2ポイントに対し、相手の2ポイントは、返し技の大きな技によるのポイントにより、ビックポイントの差で負けました)そして迎えた2ピリオド目は、開始早々豪快なタックルで3ポイントを奪われ、敗退し、銀メダルとなりました金メダルを獲得すれば1988年ソウル大会以後5大会ぶりの金メダルでしたが、次回のロンドン五輪まで持ち越しとなってしまいましたしかし、準決勝のロシア選手や準々決勝のウズベキスタン選手を倒したのは、圧巻でした。
そして、次に、銅メダルをかけて湯元選手の試合です(湯元選手と私の関係に着いて後日載せます)1ピリオド目はお互い様子を見るような展開で、2分間終了、0ー0で終了した場合は、まずレフリーが袋に入った赤青のボールを取り赤がでたなら赤の選手が足を取った状態でスタートし30秒間ポイントを取りに行きます。防御側は30秒間守るか、返し技(先程説明したレッグホールド等)でポイントを奪う攻撃をします。この時は湯元選手の青が出て確実にポイントを獲得し、1ピリオド目を先取し、銅メダルに王手をかけました。そして2ピリオド目が、始まり、先程のピリオドとの戦い方と打って変わり、お互いが、激しくタックルに行くような展開が続き、一分過ぎに、湯元選手が、得意のタックルを仕掛け、バックを取り1ポイント、更に寝技では、アンクルホールド(手で相手の足首を絡めてかけて回転する技です)を仕掛け更に1ポイント追加合計2ポイントとなり、残り10数秒(この場合、相手は、2ポイント以上の大きな技を狙い逆転を狙う為、相手とは、少し離れて戦うのがセオリーです)
そして、運命のカウントダウンが始まりました
10・9・8・7・6・5・4・3・2・1・0
銅メダル獲得
←私は多分、こんな顔していたと思います

本当に見に行ってよかったとつくづく思いました。二人の活躍は計り知れない程の効果、価値があると思います。報道でもありましたが、今回の大会で、1952年のヘルシンキ大会からの連続メダル獲得を14と延ばし、足掛け半世紀以上世界で活躍している競技は、レスリングだけであり、そういった意味も含め、彼らの貢献は、日本レスリング界にとって計り知れないものでしょう私も一指導者として、誇りに思いましたし、レスリング界に入り今年で、25年になりますが、つくづくレスリングをしていて、よかったなと感じる試合内容でした。

以上長々と失礼しました。

追伸、近々湯元選手の私との関係や五輪裏話を載せます



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/20(水) 11:57:14

昨夜湯元選手と夜中一時に合流しました。
湯元選手との間柄について詳しく後でお話します。

湯元選手と



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/19(火) 23:40:47

天安門広場です。

天安門広場です。



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/19(火) 22:04:47

今湯元選手のご両親と中華料理屋で、祝勝会中です。

60キロ級の銅メダリストの湯元選手のご両親と



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/19(火) 20:09:21

60キロ級の銅メダリストの湯元健一選手です

60キロ級の銅メダリストの湯元健一選手です



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/19(火) 18:00:13

銅メダリストの浜口京子選手と

浜口京子選手と



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【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/19(火) 15:33:09

こんにちは。
今北京五輪レスリング会場です
日本選手ですが、55kg松永選手決勝進出
銀メダル以上確定
60kg湯元選手3位決定戦
日本時間で5時ぐらいから放送されます

レスリング会場



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壮行会のお店変更のお知らせ

  • 2008/08/09(土) 19:49:05

受講生の皆様

こんばんは

8/23(土)の壮行会の場所を諸事情により、以下の通りに変更になりました
ご確認お願いいたします

【お店】
サイゼリヤ西早稲田店(文学部キャンパスの近く)

【会費】
大人(20歳以上) ¥1500
子ども(20歳未満)¥1000

※ドリンクバー(ノンアルコール)、デザート付き
※お酒は個別会計になります。
※禁煙席です

【出欠席について】
人数変更は8/20までなので、それ以降の欠席はキャンセル料が発生してしまいます。20日の正午までにご連絡お願いします。ご都合がついて参加出来るようになった方も、20日までにご一報下さい

その他、質問やリクエストなどありましたらスタッフまでお願いいたします

【2007】第1回高山オリンピック!!

  • 2008/08/06(水) 15:48:19

あと1ヶ月後には、京都チームとの交流試合『高山オリンピック』ですね
その前に、去年の交流試合を少し振り返ってみましょう



2007年9月8・9日に岐阜県高山市にて、開講当初の目標であった大会を開催する運びとなりました

【1日目】
朝7時に高田馬場駅のロータリーに集合し、一路高山に向けて出発しました
途中、諏訪湖サービスエリアで昼食休憩、7時間かけて14時頃到着しました
そして、乗鞍青年の家の職員さんから施設のお話をしていただき、部屋割り等をしました

その後・・・

みんなで通常サイズのマットを並べ、その上にレスリングマットカバーを敷きレスリングマットを完成させました
いよいよ合同練習の開始です
京都チームとご対面です☆じゅんくんがみんなの前に出て挨拶をしています

面白いことを言ったみたいですね

みんな笑っています

お笑いでも京都に負けないようにしないと(笑)

太田コーチからのお話です太田コーチからのお話です

手前に写っているのが京都チームです

みんなお話を聞く姿勢はばっちぐぅ〜ですね


京都チームとの合同準備体操です☆まずは準備体操です

太田コーチとゆうすけくんが前に出て、みんなにお手本を見せています

狭いバスでの長時間の移動後に体を動かし、気持ちよかったです


次は、丸くなってストレッチです!次は、丸くなってストレッチです

しっかり体をほぐしていきます

この後、太田コーチの「人組」の声にあわせて両チーム混合グループを作り、自己紹介をし交流を深めました



【2日目】
朝礼&朝食後は、待ちに待った試合です
試合の様子は、こちらをご覧下さい
『ワクワクレスリングTV局』
http://www.sponichi-telebee.com/tv/wakuwaku_wrestling

結果は、9勝8敗1引分けで早稲田チームの勝利でした
試合後のみんなの表情は晴れ晴れとして、達成感に満ちたものでした

最後に、集合写真を撮りました♪
大成功の交流試合でした

最後に、総勢70名で集合写真を撮りました

1年後の再会を約束して、京都チームとお別れしました



        おまけ
垂れ目メガネスパイダーマン帰りのバスでの一コマです

けんたくんもお笑いのツボを知っている一人です

行き同様帰りも、千野さんpresentsビンゴ&手品、ゆうすけくん持参のラブジャンクスライブビデオ鑑賞のお陰で、退屈せずに車中も楽しく過ごすことができました

今年の交流試合も楽しみですね連勝目指して頑張りましょう

by まい

午後の練習

  • 2008/08/02(土) 23:17:08

こんばんは
今日の練習は最近に比べてゲスト・スタッフが少なかったですが、
新しいお友達のしゅうと君とはるき君が来てくれました!新メンバーです☆ 

しかも、中々ガタイのいい上級生で京都チームとの交流試合での活躍が楽しみです
と言う事で、今回は交流試合へ向けて一生懸命練習しました

交流試合の向けて試合をしました!

皆でストレッチ
輪になって準備体操をします☆

次回は交流試合前の最後の練習なので、
気合を入れて頑張りましょー
その後の壮行会楽しみですね

By ダン