【太田コラム】アメリカ遠征 第?話『プリントまでの道程』

  • 2009/02/14(土) 23:34:02

まい先生からデータをもらい、USBから印刷に至るまでを写真で綴りました
まず、アメリカナショナルチーム女子コーチのビリーさん(奥さんが日本人なので、日本語はぺらぺらです)にお願いして、大会事務局でプリントアウトしてもらうように頼みました






 
そのビリーさんに、大会事務局にお願いして、パソコンにUSBをさして、印刷をお願いするところです

出来上がったのが、こちらです






印刷してもらった御礼に日本の土産を渡す太田です

そして、ビリーさんと一緒にカナダ女子チームコーチのリーさんに経緯を説明し、広げてくれるように直訴しました



アメリカニューヨークアスレチックレスリングチームコーチに渡し、説明しているところです



このようにアメリカでワクワクの宣伝をしてきました

【太田コラム】アメリカ遠征 第?話『大失態・・・』

  • 2009/02/14(土) 23:30:22

 今回は、学生日本代表コーチという大役の他にもうひとつ大きなミッションがありました
それは、遠征中にワクワクレスリング教室をアピールすることです
 今回のコーチが決まったのは、昨年末でした。決まった時に、今回の遠征中にワクワクを世界に発信できないものかと考え、ダニエルコーチにワクワクパンフレットの英語バージョンを作成してもらいました
 それを持ってアピールすれば、非常にわかりやすく伝わるのでは…と考え、無理を言ってダニエルコーチに頼んだところ、快く引き受けてくれましたそして、出発前にパンフレットを私のロッカーに入れて、準備を整えてくれました。後は、私がスーツケースに入れ、持っていって、説明するのみでした・・・
 そんなダニエルコーチや他に手伝いしてくれたスタッフの気持ちをよそに、私はあろうことか持って行くのを忘れてしまいました気がついた時には私が乗っていた飛行機は成田エアポートを滑走していました
 アメリカについて、すぐに何とかせなと思い、たまたま、大学の後輩がPCを持ってきていたので、そこのメールにデータで送信してもらい、そのデータをUSBに落とし、それを印刷すれば何とかなるかと思い、まい先生にその旨を伝え、メールを送信してもらい、何とか、USBに落として印刷に成功しました
『世の中便利になりましたね』とつくづく思う思いました。

つづく

【太田コラム】アメリカ遠征 第?話『デーブシュルツについて』

  • 2009/02/14(土) 00:03:07

皆さんこんばんは
一昨日アメリカから帰国しました
(日本レスリング協会の記事は、こちらをどうぞ
今回の遠征について、いろいろありましたのでレポートしたいと思います

 まず、私は日本学生代表フリースタイルコーチとして、全日本学生レスリング連盟から、選ばれ遠征することになりました(今回で3回目となります)
 大会場所は、アメリカ・コロラドスプリングスにあるオリンピックトレーニングセンターにて、開催され、大会名は『デーブシュルツ国際大会』という、国際大会です。参加国は、地元のアメリカ(アメリカは地元開催なので、オープン参加で、いろいろなクラブチームが参加していました)のほかに、ドイツ、ハンガリー、ロシア、ポーランド、カナダ、インド等、合計17の国の出場がありました今回はオリンピックの翌年という事もあり、若干少ない参加でした。
 このデーブシュルツという大会名ですが、実際にデーブシュルツという選手がいて、私と非常に関係が深く、現役時代、戦った相手でもあり、尊敬しているレスラーの一人です。そのレスラーについて語りたいと思いますちなみに、シュルツ選手はロサンゼルスオリンピックで金メダル、世界選手権でも優勝経験のある選手です

 今から約20年前に、私は、学生日本代表で、大学3年生の時に、カナダカップという国際大会に出場しました(今回と同じような形です) 。私は、その大会で、不可解な判定で敗戦し、悔しがっていた時、シュルツ選手が、横にきてタックルの取り方についてアドバイスしてくれました。それ以来大ファンになりました
 それから、数年が経過し、1995年のアトランタで開催された、世界選手権で対戦することになり、結果は僅差で敗戦し、非常に悔しい思いしました。しかし、同時に、尊敬するレスラーに少し近づいたかなという満足感もありました。一年後のオリンピックでは、必ずリベンジすることを、目標に頑張ろうと思いました
 ところが、アトランタオリンピックを半年後に迎えた1996年2月に事件は起こりました。シュルツ選手は、ある事件に巻き込まれ、亡くなってしまいました。日本でも大きく報道され、私も新聞でその事を知り非常に悲しい思いをしたのを今でも記憶に残っています。そのシュルツ選手を讃え、10年前からこの国際大会が開催されるようになりました。
 そして、今年参加したさいに、シュルツ選手のお母さんと数名で、一緒に食事をすることになり、今話したような内容をお母さんに伝えましたら、お母さんは涙を浮かべ、喜んでおられました。私にとってそんな思い入れのある大会でした

第?話完

(写真は大会会場にて)