【太田コラム】北京レポート?

  • 2008/08/22(金) 08:38:03

今日は、湯元健一選手との間柄についてお話します

今から約10年前、私は、和歌山県教育庁に勤めながら、国体選手として、競技に携わっていました。業務は主に、体育協会関係の事務仕事をやっており、9時〜16時まで勤務し、以降は自分の練習時間に充てていました。レスリングと言う競技は、ランニングや体力トレーニングが非常に大切なので、仕事行く前にも、朝練習6時〜約1時間程度やっておりました。その練習には、和歌山県教育庁に勤めるレスリング選手8名と和歌山工業高校レスリング部の生徒数名が参加し、そこに湯元選手も参加しておりました。

報道でもあったと思いますが、彼は双子の兄弟で、弟もレスリングをしていて、全日本王者です。銀メダルを獲得した松永選手に予選では、後一歩で敗れてしまいました。湯元選手の父は、紀北工業高校というところで、レスリングをしており、インターハイ選手で、近畿大会も優勝するなど、強豪選手でしたが、大学には進学せず、家庭の事情で就職することになったと聞いております。そんな父親ですから、子供ができたら、レスリングをやらせようと思っていて、小学4年生からレスリング教室に通うことになり、大会にも出場するものの、女の子に負けたりして、あまりにもふがいない戦いを見て、家の6畳部屋にマットを敷いて、家でもレスリングをすることとなりました。徐々に実力をつけていき、小学6年では、二人共、全国上位に食い込むほどの選手となりました。しかし、その頃から、弟の進一の身体に異常が見られ、挙句には血尿が出るようになり、医者に見せにいったところ、極度の疲労からくるもので、医者に「家で何か激しい運動をしていますか?」と聞かれ、父は答えようがなく、それからは、家での練習はやめて、指導者に任せるようになったとお父さんは言っておりました。

湯元選手は、教え子と言うより、一緒にレスリングをしていた仲間みたいな感じで接しており、年齢は約1回りは慣れていますが、年の離れた弟みたいな感じでした。また、東京での合宿などにも連れていったり、和歌山での一緒にした合宿や、レスリング教室などのことを昨日のように思い出します。

以上です。次回は、五輪裏話を掲載します。



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